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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)2号 判決 1995年7月06日

東京都千代田区丸の内3丁目2番3号

原告

株式会社 ニコン

同代表者代表取締役

小野茂夫

同訴訟代理人弁理士

岡部正夫

井上義雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

綿貫章

井上元廣

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が、平成5年審判第1839号事件について、平成5年11月4日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

2  被告

主文と同旨の判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年5月14日、名称を「閃光装置内蔵カメラ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許庁に対し、特許出願(以下「本願」という。)をしたところ、平成4年6月19日、拒絶査定がなされたので、平成5年2月10日、これに対する審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成5年審判第1839号事件として審理の上、平成5年11月4日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年12月8日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

カメラ本体に収納される収納位置と該本体から突出される突出位置との間を移動しかつ前記両位置で発光可能な閃光装置と;前記収納位置に収納された閃光装置の発光部に対向してカメラ本体に固設した発光照射特性変換板とを設けたことを特徴とする閃光装置内蔵カメラ(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載

実開昭55-129321号公報(昭和55年10月7日出願公開、以下「引用例」という。)には、カメラ本体から突出した、閃光装置の発光部が拡散板に覆われた位置と、カメラ本体から突出した閃光装置の発光部が拡散板から露呈された位置との間を移動し、かつ前記両位置で発光可能な閃光装置を設けた閃光装置内蔵カメラが記載されている(別紙図面2参照)。

(3)  対比

引用例記載の発明においては、前記閃光装置の発光板が拡散板に覆われた位置と露呈した位置とがいずれも、カメラ本体から突出した位置であるのに対し、本願発明の前記閃光装置の発光板が拡散板に覆われた位置はカメラ本体に収納された収納位置であり、前記露呈した位置はカメラ本体から突出した突出位置である点で両者は異なっている。しかしながら、閃光装置の発光部が拡散板に覆われた位置と、拡散板から露呈した位置との両位置間を移動するという点では両者とも共通しており、さらに、この両位置において閃光装置の発光部が発光可能である点においても共通している。

そして、引用例記載の「拡散板」は、本願発明の「発光照射特性変換板」に相当するから、両者は、閃光装置の発光部が発光照射特性変換板に覆われた位置と、閃光装置の発光部が発光照射特性変換板から露呈した両位置間で移動し、かつ該両位置で発光可能な閃光装置を設けた閃光装置内蔵カメラで一致し、本願発明の前記両位置の一方の発光照射特性変換板に覆われた位置が、カメラ本体に収納される収納位置であり、他方の発光照射特性変換板から露呈した位置が、カメラ本体から突出する突出位置として位置設定しているのに対し、引用例記載のものは、前記両位置はいずれもカメラ本体から突出した位置として位置設定している点(相違点1)、本願発明の発光照射特性変換板が収納位置で閃光装置の発光部に対向してカメラ本体に固設されたものであるのに対し、引用例記載の発光照射特性変換板は、このような構成を具備していない点(相違点2)で相違している。

(4)  判断

<1> 相違点1について

発光照射特性変換板使用による、閃光装置の発光時における被写体上に発生する照明ムラの防止と、カメラの小型化、構造の簡素化等を考慮すれば、前記両位置の位置設定の差異は格別なものではなく、本願発明のこの点のように位置の設定を行なうことは設計上の問題として当業者が容易になし得た程度のことにすぎない。

<2> 相違点2について

カメラの構造の小型化や簡素化を考慮すれば、当業者が適宜必要に応じてなし得た程度の設計的事項にすぎない。

<3> そして、本願発明の効果は、引用例記載の発明から容易に予測できる程度のものである。

(5)  むすび

したがって、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由中、(1)(本願発明の要旨)、(3)(対比)のうち、引用例記載の発明の「拡散板」は、本願発明の「発光照射特性変換板」に相当すること、本願発明の相違点1に係る構成の認定、及び、相違点2の認定は認め、その余は争う。

(2)  取消事由

審決は、引用例記載の発明の認定を誤ったために、本願発明と引用例記載の発明との一致点を誤認し、相違点を看過、誤認し、かつ本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した結果、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

<1> 引用例記載の発明の認定の誤り、一致点の誤認、相違点の看過及び誤認

引用例記載の閃光装置内蔵カメラにおいて、閃光装置の発光部10と拡散板11との位置関係は、第1の実施例及び第2の実施例に示される如く、(ⅰ)閃光装置の発光部10が拡散板11に覆われ、かつともにカメラ本体内に収納された位置(発光部が拡散板あるいは発光照射特性変換板に覆われ、かつともにカメラ本体内に収納された位置を、以下、「収納位置」といい、本願発明と共通に用いる。)(収納位置では発光部10は発光可能でない)、(ⅱ)閃光装置の発光部10と拡散板11とがともにカメラ本体から突出し、発光部10が拡散板11に覆われた位置(この位置を、以下「第1の突出位置」という。)(第1の突出位置では発光部10が発光可能)、(ⅲ)拡散板11は第1の突出位置にあり、閃光装置の発光部10はその位置よりもさらに突出し、発光部10が拡散板11から露呈された位置(この位置を、以下「第2の突出位置」という。)(第2の突出位置では発光部10が発光可能)の3つあり、閃光装置の発光部10は、収納位置、第1の突出位置、第2の突出位置の3つの位置の間を移動し、拡散板11は収納位置と第1の突出位置との間を移動するものと解される。

しかるに、審決は、引用例記載の発明の認定において、閃光装置の発光部と拡散板との位置関係が、上記収納位置にある場合があることを看過し、該発光部が上記3つの位置の間を移動することを無視し、「閃光装置の発光部が拡散板に覆われた位置と、カメラ本体から突出した閃光装置の発光部が拡散板本体から露呈された位置との間を移動」(甲第1号証2頁18行ないし3頁1行)、「前記閃光装置の発光板が拡散板に覆われた位置と露呈した位置とがいずれも、カメラ本体から突出した位置」(同号証3頁6行ないし9行)であると、引用例記載の発明を誤って認定した。

以上によれば、引用例記載の閃光装置の発光部が拡散板に覆われた位置は、収納位置と第1の突出位置との2つあり、発光部が収納位置では発光しないのに対して、本願発明の閃光装置の発光部が収納位置で発光可能である点で相違する(以下「相違点3」という。)。しかるに、審決は、引用例記載の発明を誤って認定した結果、引用例記載の発明において、閃光装置の発光部は収納位置では発光しないという点を看過して、「閃光装置の発光部が拡散板に覆われた位置と、拡散板から露呈した位置との両位置間を移動するという点では両者とも共通しており、この両位置において閃光装置の発光部が発光可能である点においても共通している」(甲第1号証3頁13行ないし18行)、「両者は、閃光装置の発光部が発光照射特性変換板に覆われた位置と、閃光装置の発光部が発光照射特性変換板から露呈した両位置間で移動し、かつ該両位置で発光可能な閃光装置を設けた閃光装置内蔵カメラで一致」(同号証3頁20行ないし4頁5行)すると誤って認定した。

さらに、審決は、上記の引用例記載の発明の認定の誤りの結果、「本願発明の前記両位置の一方の発光照射特性変換板に覆われた位置が、カメラ本体に収納される収納位置であり、他方の発光照射特性変換板から露呈した位置が、カメラ本体から突出する突出位置として位置設定しているのに対し、引用例記載のものは、前記両位置はいずれもカメラ本体から突出した位置として位置設定している点」(甲第1号証4頁5行ないし12行)で相違すると、相違点1を誤って認定した。相違点1については、「引用例記載の閃光装置は、発光部が拡散板(発光照射特性変換板)に覆われた位置が、カメラ本体に収納される収納位置及びカメラ本体から突出した第1の突出位置の2つに位置設定され、発光部が拡散板(発光照射特性変換板)から露呈した位置がカメラ本体から突出した第2の突出位置として位置設定されているのに対し、本願発明の前記両位置の一方の発光照射特性変換板に覆われた位置が、カメラ本体に収納される収納位置であり、他方の発光照射特性変換板から露呈した位置が、カメラ本体から突出する突出位置として位置設定されている点」で相違すると認定するべきである。

<2> 本願発明の作用効果の誤認及び相違点についての判断の誤り

引用例記載の発明においては、閃光装置の発光部は、収納位置、第1の突出位置、第2の突出位置の3つの位置をとり、そして、拡散板は、収納位置と第1の突出位置との2つの位置をとり、これらの両部材の関係として、発光部は拡散板に覆われカメラ本体に収納されるが発光可能でない、発光部は拡散板に覆われカメラ本体から突出して発光可能である、両者ともにカメラ本体から突出するが、発光部は拡散板から露呈して発光可能であるという3つがある。

上記のような2つの部品を全く別々に動かす構成では操作上煩雑となり、このような関係を実現する機械的構成は、部品点数をより多く要し、かつ、単に各々の動きのみならず、両者の連動を考慮したものとする必要があるため、引用例記載の発明では、構造が複雑で、かつ、大型になることは否めない。

これに対して、本願発明は、閃光装置をカメラ本体から突出した突出位置のみならず、カメラ本体に収納される収納位置においても、発光可能とした点、及び、発光照射特性変換板が収納位置で閃光装置の発光部に対向して固設されたものである点の2つの点を特徴とする構成を採用したもので、可動部は閃光装置のみであり、しかも閃光装置は収納位置と突出位置との2つの位置で発光可能であるため、2つの位置で発光させるという閃光装置としての機能を満足させつつ、その機械的構造は極めて簡単なものとすることができ、かつまた小型のストロボ内蔵カメラを達成できるという顕著な作用効果を奏する。

しかるに、審決は、本願発明の奏する上記のような顕著な作用効果を看過し、相違点1及び2についての判断を誤った。

被告は、この設定位置の相違によりもたらされる閃光装置の発光時の被写体上に発生する照明ムラの防止等の効果における格別な差異が見出し得ないことからすると、前記設定位置の相違は単純なる構造上の差異にすぎないと主張するが、本願発明は照明ムラの防止のような閃光装置の特性の向上を目的としたものではなく、閃光装置の特性は維持しつつカメラの小型化を目的とするものであり、構造上の差異、特に構造上の単純化は最も重要なことであり、本願発明の奏する格別な効果である。

なお、本体内で発光装置が発光する乙第1号証に示されているようなストロボ付きカメラに比べて、本願発明の発光装置が収納位置で発光する場合において赤目現象の防止の向上はないことは認める。

さらに、被告は、閃光装置等の装着機器をカメラ本体内に収納する位置と突出する位置との間で移動可能とすることは極めて普通のことであるから、当業者が、カメラの構造の簡素化、小型化等を念頭におけば、本願発明のような設定位置を選択してカメラ本体に収納される位置においても発光可能とすることは格別困難なことではないと主張するが、確かに、閃光装置の発光部を「カメラ本体内に収納する位置と突出する位置との間で移動可能とすることは極めて普通のことである」とはいえるが、しかし発光部を収納位置で発光させることは従来小型カメラでは行なわれなかったのであり、本願発明では収納位置に収納された閃光装置の発光部に対向してカメラ本体に発光照射特性変換板を固設することと相まって発光部を収納位置で発光可能とすることにより、カメラの構造を機械的にも電気的にも単純化し、そのことによりカメラの小型化を達成しているものである。

被告は、また、設定位置の1つとして選択された収納位置で閃光装置の発光部に対向して発光照射特性変換板を固設した点も、発光照射特性変換板を発光部に対向させて設けることがその機能を達成させることからして自明のことであり、かつ可動にする必要のないものであるから、カメラ本体に対して固定した状態に設けることは、当業者が適宜なし得る程度のことであると主張するが、従来小型のカメラにおいて閃光装置を本体内で固設したままで移動することなく発光させるものはあるが、収納位置で発光させることがなく、またカメラ本体に発光照射特性変換板を固設することもなかった技術の状態にあって、カメラ本体内の収納位置に収納された可動の発光部に対向してカメラ本体に固設した発光照射特性変換板を設けて、該発光部が収納位置でも発光可能とすることにより発光照射特性変換板と発光部との2つの機械的構造のみならず電気的構造をも簡単にしてカメラの小型化を達成した本願発明のこの構成は当業者が適宜なし得る程度のことではない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定及び判断は正当である。

2  被告の反論

(1)  引用例記載の発明の認定について

引用例記載の閃光装置の発光部が、第1の突出位置と第2の突出位置間を移動可能であり、両位置において、発光部が発光可能であることは原告も認めるところであるから、審決の「カメラ本体から突出した、閃光装置の発光部が拡散板に覆われた位置と、カメラ本体から突出した閃光装置の発光部が拡散板から露呈された位置との間を移動し、かつ前記両位置で発光可能」との認定に誤りはない。そして、引用例記載の発明において、収納位置に関する事項は審決の認定事項ではないから、このような事項について述べる必要はなく、引用例の記載事項の認定に際しては、第1の突出位置及び第2の突出位置と、この両位置間を引用例記載の閃光装置の発光部が移動可能である点が引用されればよく、収納位置まで含めた3つの位置間を移動する点について引用する必要はない。

したがって、審決の引用例記載の発明の認定に誤りはない。

(2)  一致点及び相違点1の認定について

引用例記載の閃光装置において、第1の突出位置及び第2の突出位置は、ともに閃光装置の発光部が発光可能な位置であり、閃光装置の発光部が発光可能である点において、本願発明のカメラ本体に収納される収納位置と該本体から突出される突出位置の2つの位置と共通しており、また、上記第1の突出位置は拡散板に覆われた位置であり、第2の突出位置は拡散板から露呈した位置であり、しかも、両位置間を、閃光装置の発光部が移動可能であることから、引用例記載の発明の第1及び第2の突出位置は、本願発明の上記2つの位置と対比して、閃光装置の発光部が発光照射特性変換板(拡散板)に覆われた位置と、発光照射特性変換板(拡散板)から露呈した位置との間で移動し、かつ該両位置で発光可能な点で共通しているものである。

したがって、審決の、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定に誤りはなく、相違点3の看過はなく、相違点1の認定に誤りはない。

(3)  本願発明の作用効果及び相違点の判断について

引用例記載の閃光装置の発光部が移動し、かつ発光可能な2つの位置、すなわち、第1の突出位置及び第2の突出位置は、ともにカメラ本体から突出した位置であるのに対し、本願発明の閃光装置の発光部が移動し、かつ発光可能な2つの位置は、カメラ本体から突出した突出位置とカメラ本体に収納された収納位置であり、その設定位置は両者において異なるものであるが、この設定位置の相違によりもたらされる閃光装置の発光時の被写体上に発生する照明ムラの防止等の効果における格別な差異が見出し得ないことからすると、前記設定位置の相違は単純なる構造上の差異にすぎないものであり、しかも閃光装置等の装着機器をカメラ本体内に収納する位置と突出する位置との間で移動可能とすることと、本体内の収納位置で発光させることが周知(乙第1号証参照)のことであることを考慮し、当業者にとって、カメラの構造の簡素化、小型化等を念頭におけば、2つの位置をとり得、2つの位置間で移動可能な構成を採用し、かつ2つの発光位置の1つを収納位置として、本願発明のような構成とすることは格別困難なことではなく、また、設定位置の1つとして選択された収納位置で閃光装置の発光部に対向して発光照射特性変換板を固設した点も、発光照射特性変換板を発光部に対向させて設けることがその機能を達成させることからして自明のことであり、かつ可動にする必要のないものであるので、カメラ本体に対して固定した状態に設けることは、当業者が適宜なし得る程度のことであるから、審決の相違点1及び2についての判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

(2)  審決の理由のうち、(1)(本願発明の要旨)、(3)(対比)のうち、引用例記載の発明の「拡散板」は、本願発明の「発光照射特性変換板」に相当すること、本願発明の相違点1に係る構成の認定及び相違点2の認定は、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2号証(特許願書添付の明細書、以下「本願明細書」という。)には、[本発明はストロボ内蔵カメラに関する。」(2頁5行)、「従来、接写専用カメラとかの特別なものを除き通常のカメラでストロボ撮影を行なう場合、被写体距離が近すぎると、ストロボから放出される光の照射範囲aと撮影レンズによる撮影範囲bにずれが生じ被写体上に照明ムラをおこす欠点があった…。この欠点を解決するものとして、…ストロボ組込望遠切換カメラがある。この例では、特定のレンズとこのレンズより長焦点のレンズとを切換えるという撮影レンズの焦点距離の切換に連動してストロボの発光部前面に光拡散板を挿脱可能にした技術が開示されている。しかし小型カメラでは、被写体距離が近すぎるときにストロボ撮影時に発生する赤目現象を避けるため…撮影レンズ…に対しストロボ発光部…を極力離した位置…におくようにストロボを突出させなければならない。このために、ストロボ及び光拡散板の2つを移動させねばならないので機構が複雑化する。また不使用時の光拡散板の収納部を設けねばならずカメラの大型化の原因となり、カメラ小型化の要望に相反する。」(2頁6行ないし3頁8行)、「本発明は、上記目的を達成するために、カメラ本体に収納される収納位置と、本体から突出される突出位置との間を移動しかつ両位置で発光する閃光装置と、前記収納位置に収納された閃光装置の発光部に対向してカメラ本体に固設した発光照射特性変換板とを有する構造を採用している。」(3頁9行ないし17行)、「本発明によれば、光拡散板等をカメラ本体に固定し、この光拡散板の位置に閃光装置が移動する構成なので、カメラを大型化、複雑化せずに広範囲の撮影が出来る。」(11頁8行ないし11行)との記載があることが認められる。

3  取消事由について検討する。

(1)  引用例記載の発明の認定の誤り、一致点の誤認、相違点の看過及び誤認の主張について

<1>  原告は、本願発明の閃光装置の収納位置及び突出位置における構成と対比して、引用例記載の閃光装置の収納位置並びに第1及び第2の突出位置における構成を対比すべきであるから、審決の第1の突出位置及び第2の突出位置における構成のみ摘示した引用例記載の発明の認定は引用例記載の発明の認定を誤ったもので、その結果、審決は両発明の一致点を誤認し、相違点を看過及び誤認したと主張する。

前記のとおりの本願発明の要旨によれば、本願発明において、閃光装置は、収納位置と突出位置との間を移動し、収納位置では、発光部が発光照射特性変換板に覆われ、発光可能であり、突出位置では、発光照射特性変換板から露呈して、発光可能であると認められる。

次に、甲第3号証(特開昭55-129321号公報、引用例)によれば、引用例には、閃光装置の発光窓(発光部)10は、カメラ本体から突出した拡散枠(拡散板)11(本願発明の発光照射特性変換板に相当することは当事者間に争いがない。)に覆われた位置(第1の突出位置)とその位置よりもさらに突出し、拡散板11から露呈された位置(第2の突出位置)との間を移動し、かつ前記両位置で発光可能であること、さらに、拡散板11に覆われた状態でカメラ本体内に収納され(収納位置)、そして収納位置においては発光可能でない閃光装置内蔵カメラが記載されている(別紙図面2参照)ことが認められる。

しかるところ、審決は、引用例には、カメラ本体から突出した、閃光装置の発光部が拡散板に覆われた位置(第1の突出位置)と、カメラ本体から突出した閃光装置の発光部が拡散板本体から露呈された位置(第2の突出位置)との間を移動し、かつ前記両位置で発光可能な閃光装置を設けた閃光装置内蔵カメラが記載されていると摘示した(甲第1号証2頁18行ないし3頁3行)が、引用例記載の閃光装置の発光部は拡散板とともにカメラ本体内に収納され、そして収納位置においては発光可能でない構成を摘示していない。

たしかに、審決は、閃光装置が収納位置で発光可能な構成を有する本願発明と対比するについて、引用例記載の発明の上記の構成を摘示していない点で適切さを欠くことは否めない。

しかしながら、審決は、本願発明と引用例記載の発明との一致点として、「閃光装置の発光部が発光照射特性変換板に覆われた位置と、閃光装置の発光部が発光照射特性変換板から露呈した両位置間で移動し、かつ該両位置で発光可能な閃光装置を設けた閃光装置内蔵カメラ」である点を認定したうえ、相違点1として、「本願発明の前記両位置の一方の発光照射特性変換板に覆われた位置が、カメラ本体に収納される収納位置であり、他方の発光照射特性変換板から露呈した位置が、カメラ本体から突出する突出位置として位置設定しているのに対し、引用例記載のものは、前記両位置はいずれもカメラ本体から突出した位置として位置設定している点」と認定し、本願発明の収納位置及び突出位置と引用例記載の発明の第1の突出位置及び第2の突出位置とを発光可能な位置における相違点として認定し、引用例記載の閃光装置の発光部は収納位置では発光可能でない点を間接的に摘示しており、さらに、相違点2として、「本願発明の発光照射特性変換板が収納位置で閃光装置の発光部に対向してカメラ本体に固設されたものであるのに対し、引用例記載の発光照射特性変換板は、このような構成を具備していない点」と認定し、引用例記載の発光照射特性変換板がカメラ本体に固設されていないこと、すなわち、発光照射特性変換板が発光部とともに移動する点を摘示したものと認められる。

以上によれば、審決が引用例記載の発明の認定において、閃光装置の発光部と拡散板とには、それぞれ、さらに収納位置があることを含めて認定しなかった点の不備は、審決の結論に影響を与えないものというべきである。

したがって、審決には、一致点及び相違点の認定に誤りはなく、原告のこの点についての主張は理由がない。

(2)  本願発明の作用効果の誤認及び相違点についての判断の誤りの主張について

<1>  本願発明の作用効果について

前記2のとおりの本願明細書の記載によれば、(ⅰ)接写撮影の場合には、ストロボ撮影時に発生する赤目現象を避けるために、撮影レンズに対し、ストロボ発光部を極力離した位置におくようにストロボを突出させなければならないこと、(ⅱ)通常のカメラでストロボを使用して接写撮影を行なう場合、ストロボから放出される光の照射範囲と撮影レンズによる撮影範囲にずれが生じ、被写体上に照明ムラをおこす欠点があり、このようなずれを補正するために、光拡散板(発光照射特性変換板)を設けること(配光特性を通常ないし望遠撮影に合うようにしている場合には、光拡散板は接写撮影の場合に必要である。)、ストロボ及び光拡散板を備えたカメラでは、ストロボ及び光拡散板の2つを移動させねばならないので機構が複雑化し、不使用時の光拡散板の収納部を設けねばならずカメラの大型化の原因となり、カメラ小型化の要望に相反するところ、本願発明は光拡散板等をカメラ本体に固定し、この光拡散板の位置に閃光装置が移動する構成なので、カメラを大型化、複雑化せずに広範囲の撮影が出来る効果を奏することが認められる。

しかして、ストロボがカメラ本体に近づけば、撮影レンズとの距離が近くなることは明らかであるから、ストロボをカメラ本体内に位置させ、その位置で発光させることは、赤目現象の防止のためには、撮影レンズに対しストロボ発光部を極力離した位置におくようにするという要請には反するものである。

しかるところ、乙第1号証(写真工業1979年2月号)によれば、ストロボがカメラ本体内に位置しその位置で発光可能であるコンパクトカメラは本願出願(昭和58年5月14日)前周知であると認められる。このようなコンパクトカメラにおいて、ストロボをカメラ本体内に固定して発光させる構成としたのは、機構を簡略化してカメラを小型化する目的のためであって、撮影レンズに対しストロボ発光部を極力離した位置におくようにするという赤目現象防止の要請よりもカメラの小型化という目的をより重視したところによることは明らかである。

なお、原告は、本願発明は、照明ムラの防止のような閃光装置の特性の向上を目的としたものではなく、閃光装置の特性を維持しつつカメラの小型化を目的とするものであり、また、本願発明の収納位置での発光では、上記周知のカメラに比べて赤目現象の防止の向上はないことは自認している。

<2>  引用例記載の発明の作用効果について

一方、引用例(甲第3号証)の「レンズの焦点距離が切換っても内蔵されたストロボの飛び出し量が変わらないため、遠距離を撮影する望遠レンズを使用じた時に赤目現象を生ずるなどの欠点があった。」(1頁右下欄1行ないし5行)、「本発明…によれば、赤目現象が出にくい等の効果がある。」(4頁右下欄3行ないし11行)との記載によれば、引用例記載の発明は、ストロボの使用による赤目現象を防止する効果を奏することが認められる。

そして、引用例記載の閃光装置が第1の突出位置とそれより高い第2の突出位置で発光可能であるという構成は、本願発明のカメラ本体内の収納位置及び突出位置で閃光装置が発光可能であるという構成に比べて、閃光装置の発光部が撮影レンズに対しより離れた位置にあることは明らかである。

<3>  前記<1>のとおり、本願発明においては、拡散板をカメラ本体に固定しこの拡散板の位置に閃光装置が移動する構成を採用することにより、カメラを大型化、複雑化せずに広範囲の撮影が出来るという効果を奏することができるものであるが、赤目現象を防止する効果については、ストロボをカメラ本体内に位置させる周知のコンパクトカメラ以上のものではないのである。そして、本願発明において、発光照射特性変換板(拡散板)を収納位置に設けた位置で閃光装置を発光可能としたことによる照明ムラの防止の効果は、引用例記載の発明の拡散板を第1の突出位置に設けた位置で閃光装置を発光可能とする構成の奏する効果を越えるものとは認められない。そして、前記乙第1号証によるまでもなく、大型化、複雑化せずに広範囲の撮影をするための機能を備えたカメラを提供するという課題は、本願出願前、カメラの技術分野での自明の課題のひとつであったと認められる。

<4>  以上によれば、引用例記載の発明の相違点1に係る構成である、閃光装置が発光可能な2つの位置のうち、一方の発光照射特性変換板に覆われた位置と他方の発光照射特性変換板から露呈した位置とがいずれもカメラ本体から突出した位置である構成を本願発明の閃光装置の発光可能な2つの位置の一方の発光照射特性変換板に覆われた位置が、カメラ本体に収納される収納位置であり、他方の発光照射特性変換板から露呈した位置がカメラ本体から突出する突出位置として位置設定している構成に換えることは、カメラを小型化、簡素化するという目的を達成するために、ストロボをカメラ本体内に位置させて発光可能とする周知のコンパクトカメラの技術を適用すれば、当業者にとって容易になし得るところである。また、引用例記載の発明の相違点2に係る構成である発光照射特性変換板が収納位置でカメラ本体に固設されていない構成を、本願発明の発光照射特性変換板が収納位置で閃光装置の発光部に対向してカメラ本体に固設された構成に換えることは、当業者が適宜必要に応じてなし得た程度の設計的事項である。すなわち、引用例記載の発明において、閃光装置を収納位置で発光可能とする構成を採用するに際して、発光照射特性変換板が収納位置において閃光装置の発光部に対向して閃光装置を覆う構成とすることは当業者にとって当然の設計変更であり、さらに、構造の簡素化のため、発光照射特性変換板をその位置に固設することは、上記構成においては、当業者にとって必要に応じてなし得る設計的事項にすぎない。そして、本願発明のカメラの小型化、簡素化の効果は、引用例記載の発明から予測し得る範囲を越えるものではない。

したがって、審決の、相違点1及び2についての判断、及び、本願発明の作用効果についての判断に誤りはなく、原告のこの点についての主張は理由がない。

4  以上のとおりであるから、取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面 1

<省略>

<省略>

別紙図面 2

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